よりよく生きたいと考えたとき、私たちはさまざまな目標を思い浮かべます。仕事で専門性を高めたい。収入を増やしたい。家族との時間を大切にしたい。健康でいたい。新しいことを学びたい。趣味や余暇も楽しみたい。どれも人生を豊かにしうる大切なものです。
しかし、ここには避けることのできない問題があります。人生で大切にしたいものが複数ある一方で、それらに使える資源には限りがあるということです。
一日は24時間しかありません。働く時間を増やせば、その時間を睡眠や家族、運動、学習に使うことはできません。将来のために多くのお金を貯めれば、現在の生活に使えるお金は少なくなります。仕事、育児、介護などに注意や体力を使えば、別のことへ向けられる余力も減っていきます。
だから人生を考えるうえでは、「何を手に入れたいか」だけを決めても十分ではありません。重要なのは、その目標のために、自分が持っている時間、お金、能力、健康、注意、人間関係などをどのように使うかです。何かへ多く配分すれば、別の何かへ配分できる量は少なくなります。人生には常に、選択とトレードオフが伴います。
この意味で、本記事でいう「人生戦略」は、将来の予定を細かく決めた人生計画とは少し異なります。まして、目標を掲げれば望む未来が実現するという考え方でもありません。未来には予測できない出来事があり、自分自身の価値観や能力、家族や仕事を取り巻く環境も変化します。
そこで「人生戦略論」では、人生を有限な資源をどこへ配分するかという長期的な意思決定の問題として考えます。問うべきなのは、「何を目指すか」だけではありません。「そのために何を使うのか」「何を諦めるのか」「今使うのか、それとも将来のために残すのか」、そして「現在の配分をいつ見直すのか」まで含めて考える必要があります。
たとえば、若い時期に学習へ多くの時間を使うことは、現在の余暇を将来の能力へ振り向ける選択と見ることができます。収入を増やすために長時間働くことには、所得という便益がある一方で、自由時間や健康への影響を考える必要があります。老後のためにお金を蓄える場合にも、未来の安心と現在の生活との間で配分を考えなければなりません。
しかも、人生で配分するものはお金だけではありません。時間、知識や技能、健康、注意、体力、人とのつながりなど、人生を支える資源は複数あります。一つの資源を増やすことが、人生全体を必ずよりよくするとは限りません。
では、私たちは何を基準に資源を配分すればよいのでしょうか。すべてを同時に最大化できないとすれば、何を優先し、何を守り、どのタイミングで配分を変えるべきなのでしょうか。
この記事では、人的資本、機会費用、資源の獲得と喪失、人生における選択と適応、目標とウェルビーイングに関する研究を手がかりに、「人生戦略」とは何かを考えていきます。その目的は、人生の正解を一つ示すことではありません。限られた人生資源を、何に、どれだけ、いつ配分するのかを考えるための基本的な枠組みをつくることです。
人生戦略とは「目標を立てること」ではなく「資源を配分すること」である
人生について考えるとき、多くの場合は「何を実現したいか」から始まります。どのような仕事をしたいのか、どれくらい収入を得たいのか、何を学びたいのか、どのような家庭を築きたいのか。目標を言葉にすることは、自分が進みたい方向を明確にするうえで重要です。
しかし、目標を決めただけでは、それが実現するわけではありません。資格を取りたいのであれば勉強する時間が必要です。専門性を高めたいのであれば、学習や経験へ時間やお金を投入する必要があります。家族との関係を大切にしたいのであれば、予定のなかに一緒に過ごす時間を確保しなければなりません。つまり、目標と実際の行動の間には、必ず限られた資源をどこへ配分するかという問題があります。
経済学では、人の欲求や目的に対して利用できる手段には限りがあり、その限られた手段には複数の使い道があるという「希少性」が重要な前提になります。時間やお金も同じです。どれだけ多く持っていたとしても無限ではなく、同じ時間や同じお金を同時にすべての目的へ使うことはできません。希少な手段をどの用途へ使うかという選択は、経済学の基本的な問題でもあります。
ここから「機会費用」という考え方が生まれます。機会費用とは、ある選択をしたために利用できなくなった、別の選択肢の価値を考える概念です。たとえば、休日の3時間を資格試験の勉強に使えば、その3時間を家族との外出や運動、休息には使えません。勉強に直接お金を払っていなくても、選ばなかった時間の使い方には価値があります。人生における意思決定では、支払った金額だけでなく、その選択によって何を選べなくなったのかまで考える必要があります。
こうした資源配分は、現在だけで完結するものでもありません。現在の時間やお金を使うことで、将来利用できる資源を増やせる場合があります。その代表的な考え方が「人的資本」です。人的資本とは、知識、技能、能力など、人の生産能力に関わる資源を資本として捉える考え方です。教育や職業訓練などへ現在の時間や費用を投入することは、将来の能力や生産性、所得などにつながりうる投資として分析されてきました(Becker, 1964)。
この考え方の重要な点は、学ぶことそのものを単純に金銭的利益へ還元することではありません。現在使える時間やお金をすべて現在の消費に使うのではなく、その一部を将来の自分が利用できる能力へ振り向けるという、現在と未来の間の資源配分として考えられることです。
もちろん、教育や訓練へ時間とお金を使えば、必ず期待した収入が得られるわけではありません。どのような能力に投資するか、その能力への需要が将来どう変化するか、投資に必要な時間や費用がどれくらいかによって結果は異なります。また、人的資本を増やすことだけが、人生をよりよくする唯一の方法でもありません。学習へ多くの時間を使えば、その時間を休息や家族、趣味に使えないという機会費用も生じます。
したがって、人生を考えるときに必要なのは、「目標を持つべきか」という問いだけではありません。より重要なのは、複数の目標があるなかで、自分が持っている有限な時間、お金、能力、体力などを、どの目的へ振り向けるのかという問いです。
本記事でいう人生戦略は、経済学や人的資本論の一つの既存理論をそのまま人生全体へ当てはめたものではありません。希少性、機会費用、人的資本など、複数の研究領域で蓄積されてきた考え方を手がかりに、人生の選択を資源配分という視点から捉え直すものです。人生戦略とは、単に人生の目標を決めることではなく、その目標のために有限な資源をどう配分するかを決めることだと考えるところから始まります。
人生で配分する資源は「お金」だけではない
人生の資源というと、まず思い浮かぶのはお金かもしれません。実際、金融資産は生活の安定や将来の選択肢を支える重要な資源です。しかし、人生全体を考えると、配分の対象になる資源はお金だけではありません。
たとえば、知識や技能、経験は仕事や学習の可能性を広げる人的資本です。自由に使える時間は、働く、休む、学ぶ、家族と過ごすといった多くの活動の土台になります。健康や体力、睡眠は、そもそも他の活動を続けるための基盤です。注意や集中力、精神的な余力も、意思決定や仕事、学習、人間関係に影響します。さらに、家族、友人、同僚などとのつながりも、支援や安心、機会をもたらす重要な資源になりえます。
本記事では、こうしたものを人生戦略を考えるための便宜的な整理として、金融資本、人的資本、時間、健康、心理的資源、関係資源などに分けて考えます。これは、既存研究が人生資源をこの6種類に統一して分類しているという意味ではありません。それぞれについて、経済学、心理学、健康科学、社会関係の研究など異なる領域で知見が蓄積されてきました。
複数の資源を考えるうえで参考になるのが、Conservation of Resources(COR)理論です。COR理論では、人は自分にとって価値のある資源を獲得し、保持し、守ろうとすると考えます。また、実際の資源喪失だけでなく、喪失の脅威や、資源を投入したにもかかわらず十分な獲得が得られないこともストレスに関わると整理されています(Hobfoll, 1989)。
この理論でいう資源には、物そのものだけでなく、個人的な特性、望ましい状態や条件、さらに時間やお金のように他の資源の獲得を助けるものも含まれます(Hobfoll, 1989)。そのため、人の生活を支えるものを単一の指標だけで捉えず、複数の価値ある資源の獲得と喪失という視点から考えることができます。
ただし、COR理論そのものが、本記事でいう「人生戦略」を提示しているわけではありません。また、金融資本、人的資本、時間、健康、心理的資源、関係資源という本記事の整理も、COR理論をそのまま分類し直したものではありません。ここでは、人生を支える価値あるものは複数あり、その獲得だけでなく喪失にも目を向ける必要があるという点を、人生戦略を考えるための理論的な手がかりとして利用します。
この視点に立つと、「資産形成」という言葉の意味も広がります。金融資産を増やすことは重要ですが、そのために睡眠を削り続けたり、自由な時間をほとんど失ったり、大切な人との関係を維持する余裕がなくなったりすれば、人生全体として資源が増えているとは単純には言えません。
反対に、お金を使うことが必ずしも資源の減少だけを意味するわけでもありません。教育へ支出すれば人的資本の形成につながる可能性があります。家事や移動の負担を軽減するためにお金を使えば、時間や体力を別の用途へ回せることがあります。人生では、ある資源を使うことで別の資源を守ったり、増やしたりできる場合があります。
こうした考え方を人生後半へ具体的に当てはめると、老後に向けて蓄積すべきものを金融資産だけで考える必要がないことも見えてきます。40代から何に投資すれば老後は幸せになるのか――晩年の幸福を支える5つの資本でも、金融資本だけでなく、健康や人間関係、人的資本など複数の側面から将来への投資を考えています。
人生戦略にとって重要なのは、「資産はいくらあるか」という一つの数字だけではありません。お金は十分でも時間がない、専門性は高くても健康を損なっている、自由な時間はあっても頼れる人間関係がほとんどない、といった状態はそれぞれ異なる制約を持ちます。
だからこそ、人生の資源配分を考えるときには、金融資産だけを最大化するのではなく、自分の人生を支えている複数の資源が、どのように増え、どのように失われているのかを見る必要があります。次に重要になるのは、その複数の資源をすべて同時に増やすことはできない以上、ある選択によって何を得て、何を諦めているのかを考えることです。
何かを選ぶことは、何かを諦めることである
人生の選択には、目に見える費用だけでなく、選ばなかったものの価値が含まれています。経済学では、ある選択をしたことで諦めることになった別の選択肢の価値を「機会費用」と考えます。人生戦略でこの考え方が重要なのは、お金だけでなく、時間や体力、注意といった資源にも別の使い道があるからです。
とりわけ時間は、この問題を分かりやすく示します。時間の配分を経済活動の一部として扱う理論では、人は金銭的な予算だけでなく、限られた時間という制約のなかでも選択していると考えます。市場で購入する財の費用だけでなく、その活動に使われる時間にもコストがあるという考え方です(Becker, 1965)。
たとえば、平日の夜に2時間仕事をすることを考えてみます。その2時間によって収入が増えたり、仕事が進んだり、将来の昇進につながったりする可能性があります。しかし、同じ2時間を睡眠、家族との会話、運動、学習、趣味に使うことはできません。仕事を選んだときのコストは、そこで支払った金銭ではなく、選ばなかった別の時間の使い方にも存在します。
これは、「仕事より家族を優先すべき」「収入より余暇を重視すべき」という意味ではありません。仕事によって得られる所得は、住宅、教育、医療、余暇、将来への備えなど、多くの選択肢を支える重要な資源です。仕事そのものが専門性や社会とのつながり、達成感などをもたらすこともあります。
重要なのは、所得を増やすことにも、所得以外の人生資源を投入している場合があるという点です。
たとえば、より高い給与を得られる仕事へ転職したとしても、通勤時間が毎日1時間増えるなら、その時間は別の用途から移されています。昇進によって所得が増えても、労働時間や仕事上の責任が大きくなれば、自由に使える時間や精神的な余力が減ることがあります。反対に、給与が多少低くても、勤務時間の柔軟性や短い通勤時間によって、家族、学習、健康などへ多くの資源を配分できる仕事もあります。
したがって、年収だけを比較しても、二つの仕事のどちらが人生全体にとって望ましいかは判断できません。追加的な所得によって何が可能になるのかと、その所得を得るために何を投入するのかを合わせて見る必要があります。所得とウェルビーイングの関係については、年収はいくらまで増やせば幸せになるのか――研究から考えるお金と幸福の関係でも詳しく検討しています。
同じ問題は仕事以外にもあります。老後のために多く貯蓄すれば将来の金融資本は増えますが、現在の消費に使えるお金は減ります。資格取得のために勉強すれば人的資本を形成できる可能性がありますが、余暇は少なくなります。子どもと過ごす時間を増やせば、仕事や自分自身のために使える時間が減ることもあります。どれが正しいという問題ではなく、それぞれの選択には異なる便益と機会費用があります。
しかも、こうした機会費用をすべて金額に換算できるわけではありません。家族と過ごす1時間、十分に眠ること、自由に使える休日、仕事に集中できる精神的余力には価値がありますが、その価値を一律の金額で表すことは困難です。だからこそ人生戦略では、金銭的な損得だけで意思決定を完結させず、どの人生資源を使い、どの人生資源を残すのかまで考える必要があります。
何かを選ぶことは、別の可能性を手放すことでもあります。それは選択を避けるべきだという意味ではありません。限られた資源しか持たない以上、何も諦めずに生きることはできないからです。重要なのは、得られるものだけを見て判断するのではなく、人生における選択のコストには、その選択によって使えなくなった別の人生資源も含まれていると考えることです。
すべてを最大化できないから「選択と集中」が必要になる
人生では、仕事、収入、健康、家族、学習、趣味、余暇など、できれば大切にしたいものがいくつもあります。しかし、前節まで見てきたように、それらすべてへ同じだけの時間やお金、体力、注意を投入することはできません。だからこそ必要になるのが、何を重視するかを選び、限られた資源を重点的に配分することです。
この考え方を理解する手がかりになるのが、ライフスパン発達研究で用いられてきたSelection, Optimization, and Compensation(SOC)モデルです。SOCは、人が限られた資源や変化する能力のもとで目標を管理し、発達や適応を図る過程を、選択・最適化・補償という3つの要素から捉えます(Freund & Baltes, 2002)。
最初のSelection(選択)は、自分が追求する目標や領域を絞ることです。人生には多くの可能性がありますが、すべてを同時に追求することはできません。そのため、現在の自分にとって何を重要とするのかを選ぶ必要があります。SOCでは、望ましい目標を選ぶ場合だけでなく、資源や能力の低下などによって目標を見直す場合も含めて考えられます。
次のOptimization(最適化)は、選んだ目標を実現するために、必要な資源を獲得・投入し、その働きを高めていくことです。たとえば、専門性を高めたいのであれば、学習時間を確保し、経験を積み、技能を磨く必要があります。健康を重視するのであれば、運動や睡眠のための時間を確保する必要があります。選択しただけでは目標は実現せず、そこへ継続的に資源を配分することが必要です。
Compensation(補償)は、これまで使えていた能力や手段が失われたり、不十分になったりしたときに、別の方法で目標を維持しようとすることです。たとえば、体力の低下によって従来と同じ働き方が難しくなれば、仕事の方法を変えたり、道具や周囲の支援を活用したりすることが考えられます。つまり、同じ方法に固執するのではなく、失われた資源を別の資源や手段で補うという発想です。
このSOCモデルは、単純なビジネス上の「選択と集中」と同じものではありません。一つの領域だけにすべての資源を投入することを推奨する理論でもありません。むしろ、限られた資源のもとで、どの目標を選び、どのように資源を投入し、状況の変化にどう適応するかというライフマネジメントの枠組みです。SOCの利用とウェルビーイング指標との関連も報告されていますが、これだけで「SOCを使えば幸福になる」と因果的に断定することはできません(Freund & Baltes, 2002)。
人生戦略へ応用すると、重要なのは「すべてを最大化する」という発想から離れることです。仕事でも成果を出し、収入も最大化し、健康も完璧に保ち、家族との時間も十分に持ち、趣味も学習も充実させるという状態は魅力的ですが、実際にはそれぞれが同じ時間や体力を必要とします。
そこで問うべきなのは、「全部をどう増やすか」ではなく、「現在の人生段階では、何を重点的に形成するのか」です。たとえば、ある時期には人的資本を形成するために学習や仕事へ多くの時間を配分し、別の時期には健康や家族との時間をより重視するという選択もありえます。重要なのは、その配分が固定されたものではなく、環境や目標の変化に応じて見直されうることです。
同時に、選択には「優先しないもの」を決める側面があります。新しい資格取得を最優先するなら、その期間は別の趣味に使う時間を減らすかもしれません。育児を重視する時期には、仕事上の一部の機会を見送ることもありえます。それは必ずしも失敗ではなく、有限な資源をどこへ配分するかを決めた結果です。
本記事でいう人生戦略は、SOCモデルそのものではありません。ただし、SOCが示す選択・最適化・補償という考え方は、有限な人生資源をどう扱うかを考えるうえで重要な手がかりになります。人生戦略には、何をするかを決めるだけでなく、今は何を優先しないのかを決めることも含まれます。
ただし、一つの資源だけを最大化してはいけない
前節では、限られた人生資源のもとでは、何を重視するかを選び、その目標へ資源を重点的に配分する必要があると考えました。ただし、ここで注意したいのは、選択と集中を「一つのものだけを最大化すればよい」という意味にしないことです。
たとえば、仕事へ多くの時間と注意を投入すれば、専門性が高まり、人的資本が蓄積され、所得や金融資産が増える可能性があります。長期的なキャリア形成という観点では、ある時期に仕事へ重点的に資源を配分することが合理的な場合もあります。
しかし、その配分には別の側面があります。長時間労働を続ければ、睡眠や運動に使える時間が減るかもしれません。仕事上の責任が増えれば、家族と過ごす時間や心理的な余力が減ることもあります。仕事関係だけで日常が埋まれば、友人との関係や趣味、地域とのつながりが細くなっていく可能性もあります。
つまり、一つの資源を増やす過程で、別の資源が失われることがあります。ここで再び参考になるのが、Conservation of Resources(COR)理論です。COR理論では、資源の獲得だけでなく、その喪失や喪失の脅威が重要な意味を持つと考えます。また、資源をすでに失っている状態では、さらなる喪失に対して脆弱になりやすいという考え方も示されています(Hobfoll, 1989)。
この視点から見ると、人生戦略では「何を増やすか」だけを追いかけるのでは不十分です。重点的に増やしたい資源と、最低限失わないように守る資源を分けて考える必要があります。
たとえば、キャリアを優先する数年間があってもよいでしょう。その期間に学習や仕事へ多くの時間を使うこと自体が問題なのではありません。ただし、その結果として慢性的な睡眠不足が続く、健康上の問題を放置する、家族との会話がほとんどなくなるといった状態まで進めば、人的資本や金融資本を増やす一方で、別の重要な人生資源を大きく失っている可能性があります。
健康は、その典型です。睡眠を削れば、その場では使える時間が増えます。しかし、睡眠は翌日の注意や認知的なパフォーマンスとも関係するため、単純に「眠らないほど使える時間が増える」と考えることはできません。健康資源を守る具体的な方法については、睡眠の質を上げるには何をすればいいのか――研究から考える睡眠改善の方法でも、睡眠を翌日の時間の質への投資として考えています。
人間関係も同じです。家族や友人との関係は、金融資産のように必要になったときに短期間でまとめて蓄積できるとは限りません。仕事が忙しい時期に一時的に交流が減ることはあっても、大切な関係への時間や注意の配分が長期間ほぼゼロになれば、後から元の状態へ戻すことが難しい場合もあります。
だからといって、すべての人生資源へ均等に時間を配ればよいわけでもありません。仕事、健康、家族、学習、余暇を毎日同じ割合で守ることが最適だと示す理論があるわけではありませんし、人によって価値観や置かれた状況も異なります。子育て期、昇進を目指す時期、介護が必要な時期など、重点的に資源を投入すべき領域は変化します。
ここで重要なのは、「均等配分」ではなく「下限を意識する」という考え方です。ある領域へ重点投資するとしても、健康を壊さない、生活に必要な経済的余裕を失わない、大切な関係への配分を完全には途切れさせない、といった最低限の条件を考えることができます。
この「重点投資する資源」と「最低限守る資源」を区別する考え方は、COR理論がそのまま提示している固有の理論ではありません。本記事で既存研究を人生の資源配分へ応用するための実践的な整理です。
人生戦略に必要なのは、すべてを同じように大切にすることでも、一つだけを徹底的に最大化することでもありません。戦略とは、重要な領域へ資源を重点的に配分しながらも、人生全体を支えている資源まで壊さないようにすることです。
「何に配分するか」の前に「何を目指すか」を考える
ここまで、人生には限られた資源しかなく、すべてを同時に最大化することはできないため、何を重視するかを選ぶ必要があると考えてきました。しかし、資源を効率よく配分できれば、それだけで人生戦略として十分なのでしょうか。
たとえば、「できるだけ高い年収を得る」という目標を定め、仕事や学習へ時間と注意を集中させれば、その目標に近づけるかもしれません。しかし、ここにはもう一つ重要な問題があります。それは、そもそも何を目標として資源を配分するのかという問題です。
目標の内容とウェルビーイングの関係については、自己決定理論に関連する研究で検討されてきました。代表的な研究では、金銭的成功、社会的な評価や名声、魅力的な外見などを重視する目標を「外発的な目標」、自己成長、親密な人間関係、共同体への貢献などを重視する目標を「内発的な目標」として整理しています。そして、これらの目標を相対的にどの程度重視するかによって、心理的なウェルビーイングとの関連が異なることが報告されています(Kasser & Ryan, 1996)。
ただし、この結果を「お金を求めると不幸になる」と理解するのは適切ではありません。この研究は主として目標の相対的な重視と心理的指標との関連を検討したものであり、金銭的成功を重視することが直接的に不幸を引き起こすと証明したものではありません。また、所得や金融資産は、住居、教育、医療、余暇、将来への備えなどを支え、経済的不安を軽減するためにも重要な人生資源です。
さらに、目標を「持っていること」だけでなく、「達成すること」に注目した研究もあります。大学卒業後の若者を約1年間追跡した研究では、内発的な目標を重視することも外発的な目標を重視することも、それぞれの目標達成と関連していました。しかし、内発的な目標の達成は心理的ウェルビーイングの改善と関連したのに対し、外発的な目標の達成では同じような関連は確認されませんでした(Niemiec et al., 2009)。
この結果が示唆するのは、「目標を達成する能力」と「その目標を達成した結果として人生がよりよくなること」は、同じ問題ではないということです。努力して目標を達成したとしても、その目標が自分の心理的欲求や大切にしているものと結びついていなければ、期待していたほどウェルビーイングにつながらない可能性があります。
人生戦略という観点では、ここに重要な順序があります。まず「どうすれば効率よく資源を投入できるか」を考えるのではなく、その前に「自分は何のためにその資源を使おうとしているのか」を考える必要があります。
たとえば、収入を増やしたいという目標であっても、その意味は人によって異なります。経済的不安を減らしたいのか、家族の選択肢を増やしたいのか、仕事から自由になるための資産を形成したいのか、それとも社会的な評価を得たいのか。同じ「年収を増やす」という目標でも、その先に求めているものが異なれば、合理的な資源配分も変わってきます。
同様に、昇進、資格取得、住宅購入、早期退職なども、それ自体を人生の最終目的として扱う必要はありません。それらは、自分が望む人生を実現するための手段である場合があります。手段がいつの間にか目的になれば、本来大切にしたかった時間、健康、人間関係などを犠牲にしてまで、その目標を追い続けることにもなりかねません。
もちろん、「よりよく生きる」とは何かについて万人共通の答えがあるわけではありません。幸福、自由、経済的安定、家族、仕事、知識、社会への貢献など、何を重視するかは人によって異なり、同じ人でも人生の途中で変化します。そのため人生戦略は、「内発的目標だけを選べばよい」という単純な処方箋にはなりません。
重要なのは、目標を所与のものとして効率だけを追求しないことです。「どうすればこの目標を達成できるか」と考える前に、「その目標を達成することは、自分にとって本当によりよく生きることにつながるのか」と問い直す必要があります。人生戦略では、限られた資源を上手に配分することだけでなく、何のためにその資源を配分するのかまで考えることが必要です。
最適な資源配分は人生の途中で変わる
人生戦略は、一度決めたら最後まで守り続ける計画ではありません。なぜなら、人生の途中で環境も役割も能力も変わり、使える時間やお金、体力、注意の量も変化するからです。
若い時期には、教育や仕事の経験に時間を使い、人的資本を形成することが重要になる場合があります。新しい知識や技能を身につけることで、その後の仕事や所得、選択肢が広がる可能性があるからです。しかし、同じ配分をその後も固定することが、常に望ましいとは限りません。
ライフスパン発達の研究では、人間の発達を、単純に能力が増え続ける過程として捉えません。人生を通じて獲得と喪失の両方が生じ、そのバランスも年齢や環境によって変化すると考えます。そのなかで、Selection, Optimization, and Compensation(SOC)モデルは、限られた資源のもとで目標を選択し、必要な資源を投入し、失われた能力や手段を補いながら適応するという考え方を示しています(Baltes & Baltes, 1990; Freund & Baltes, 2002)。
この視点から見ると、人生の前半では「何を獲得するか」が重要でも、人生が進むにつれて「何を維持するか」「何を失わないようにするか」「失われたものをどう補うか」という問題の重要性が増すことがあります。これは、ある年齢を境に成長を諦めるという意味ではありません。獲得、成長、維持、損失への対応、補償にどれだけ資源を振り向けるかが、状況に応じて変化するということです。
実際の人生では、資源配分を変える出来事が何度も起こります。就職すれば仕事に使う時間が増え、結婚や子育てによって家族に使う時間やお金が変わります。昇進すれば所得が増える一方で、責任や仕事への投入時間が増えるかもしれません。転職や失業では、所得だけでなく、時間や心理的な余力の配分も大きく変わります。
さらに、病気や介護は、それまで自由に使えていた時間や体力を大きく変える可能性があります。退職すれば仕事に使っていた時間が戻る一方で、給与所得や職場を通じた人間関係が減ることもあります。つまり、人生では一つの出来事によって複数の資源が同時に変化します。
このため、ある時点で合理的だった戦略が、その後も合理的であり続けるとは限りません。20代で仕事や学習へ多くの時間を投入する戦略が有効だったとしても、子育て期には家族への配分を増やした方がよい場合があります。40代以降には、金融資本だけでなく健康、人間関係、人的資本などを将来に向けてどう蓄積するかという問題も重要になります。こうした人生後半の資源配分については、40代から何に投資すれば老後は幸せになるのか――晩年の幸福を支える5つの資本でも具体的に考えています。
人生戦略を考えるうえでは、こうした変化を「当初の計画から外れた失敗」とだけ捉えないことが重要です。計画を作った時点では合理的だった配分でも、前提となる環境が変われば見直す方が合理的だからです。
この関係は、資源の「ポートフォリオをリバランスする」と考えると理解しやすくなります。金融投資では、時間の経過や状況の変化に応じて資産配分を見直すことがあります。人生でも、仕事、学習、金融資本、健康、人間関係、余暇などへの配分が現在の状況に合っているかを定期的に見直すという発想ができます。
もちろん、人生資源は金融資産のように共通の単位で正確に測定できるわけではありません。家族との時間と金融資産を同じ尺度で比較することはできませんし、健康や人間関係には失ってから簡単には回復できない側面もあります。そのため、リバランスという言葉は、あくまで「配分を固定しない」という比喩として考える必要があります。
また、資源配分を変える理由は外部環境だけではありません。自分自身が大切だと考えるものも変わります。若い頃には仕事上の達成を強く重視していても、その後は家族、自由な時間、健康、社会への貢献などをより重視するようになることがあります。価値観が変われば、それに合わせて時間やお金の配分を変えることも自然です。
したがって、人生戦略の良し悪しを「最初に立てた計画をどれだけ守れたか」だけで評価することはできません。よい人生戦略とは、計画を変えないことではなく、環境、能力、役割、価値観の変化に応じて、限られた人生資源の配分を更新できることです。
人生戦略を考えるための5つの問い
ここまで見てきたように、人生戦略は、単に目標を決めたり、効率よく行動したりすることではありません。限られた資源のなかで、何を大切にし、どこへ配分し、その結果として何を得て何を失うのかを考え、必要に応じて配分を見直していくことです。
では、この考え方を自分の人生に当てはめるには、何を考えればよいのでしょうか。ここでは、第1節から第7節までの議論を、5つの問いに整理します。これらは正解を出すための公式ではありません。人生には不確実性があり、時間、健康、人間関係のように正確な数値へ置き換えにくい資源もあります。重要なのは、自分の資源配分を見直すための問いを持つことです。
1.自分は何を大切にしたいのか
最初に考えたいのは、「何を達成したいか」よりも、その先にある「何を大切にしたいか」です。
収入を増やしたい、昇進したい、資格を取りたい、家を買いたいといった目標には、それぞれ意味があります。ただし、それらが自分にとって何を実現するための目標なのかは、人によって異なります。経済的な安心なのか、自由なのか、家族との生活なのか、専門性なのか、社会への貢献なのか。目標の背景にある価値を確認することで、資源を何に使うべきかも見えやすくなります。
2.自分にはどのような資源があるのか
次に、自分が現在持っている資源を確認します。ここで見るのは金融資産だけではありません。自由に使える時間、健康や体力、知識や技能、集中できる余力、家族や友人とのつながりなども含まれます。
たとえば、お金は十分にあっても時間が不足している人と、時間はあるものの金融的な余裕が少ない人では、合理的な選択は同じではありません。専門性が高くても健康上の制約が大きい場合もあります。人生戦略では、単一の資源だけでなく、現在の自分がどのような資源構成にあるのかを見る必要があります。
3.現在、その資源を何に配分しているのか
「大切にしたいこと」と、実際の資源配分は一致しているとは限りません。
家族を大切にしたいと思っていても、自由時間のほとんどを仕事に使っているかもしれません。健康を重視しているつもりでも、睡眠や運動のための時間をほとんど確保していない場合があります。学びたいと思いながら、実際には学習へほとんど時間やお金を配分していないこともあります。
そこで見るべきなのは理想ではなく、現実の配分です。1週間の時間、毎月のお金、日々の注意が、実際には何へ向かっているのかを確認します。人生の優先順位は、言葉よりも資源配分に表れていることがあります。
4.その選択によって何を得て、何を失っているのか
次に、現在の配分による便益と機会費用を考えます。
仕事へ多くの時間を使うことで、所得や経験、専門性を得ているかもしれません。一方で、睡眠や家族との時間、余暇を減らしている可能性もあります。貯蓄を増やせば将来の経済的な安心は高まりますが、現在使えるお金は減ります。
ここで大切なのは、「得ているもの」と「失っているもの」のどちらか一方だけを見ないことです。ある選択が合理的かどうかは、得られる便益だけではなく、そのために手放している別の人生資源も含めて考える必要があります。
5.この配分をこれからも続けるべきなのか
最後に、現在の資源配分が、これからも自分に合っているのかを考えます。
過去には合理的だった配分でも、状況が変われば見直す必要があります。子どもが生まれる、仕事上の役割が変わる、親の介護が必要になる、健康状態が変化する、退職が近づくといった出来事によって、利用できる時間やお金、体力、優先順位は変わります。
また、外部環境が変わらなくても、自分の価値観が変わることがあります。以前は仕事上の成長を最優先していても、後には健康や自由な時間、人とのつながりをより重視するようになるかもしれません。
そのとき、以前の計画を守ること自体を目的にする必要はありません。重要なのは、今の自分にとってその配分がなお妥当なのかを問い直すことです。
この5つの問いに、一度答えれば人生戦略が完成するわけではありません。そもそも、何を大切にするかについて明確な答えが出ないこともありますし、仕事と家族、現在と将来、安全と挑戦のように、簡単には解消できないトレードオフもあります。
だからこそ、人生戦略は「正解を決める作業」というより、自分が何を大切にし、限られた資源を実際にどこへ配分しているのかを継続的に点検するプロセスとして考える方が適切です。次に問うべきなのは、その資源配分を通じて、私たちは最終的にどのような人生を目指すのかということです。
人生戦略とは、限られた資源を「よりよく生きる」ために配分することである
人生では、望むものをすべて同時に手に入れることはできません。使える時間には限りがあり、お金も体力も注意も無限ではありません。そして、人生を支える資源は金融資産だけではなく、知識や技能といった人的資本、健康、人間関係、自由に使える時間など、複数の形で存在しています。
だからこそ、何かを選ぶことには必ず別の可能性を手放す側面があります。仕事へ多くの時間を使えば、所得や専門性を得られる一方、その時間を家族、睡眠、運動、学習には使えません。将来のために多く貯蓄すれば経済的な備えは厚くなりますが、現在使えるお金は減ります。重要なのは、得られるものだけでなく、その選択によって何を使い、何を失っているのかまで見ることです。
すべてを最大化できない以上、人生には選択が必要です。ある時期には仕事や学習へ重点的に資源を配分し、別の時期には家族や健康をより重視することもあるでしょう。ただし、一つの資源を増やすために、人生全体を支える別の資源まで大きく損なえば、その配分が望ましいとは限りません。重点的に増やすものと同時に、失ってはいけないものを考える必要があります。
さらに、資源を効率よく配分するだけでは十分ではありません。その前に問うべきなのは、「何のために使うのか」です。所得、資産、地位、生産性、幸福といった一つの指標だけを最大化するのではなく、その先にどのような人生を望んでいるのかを考える必要があります。仕事、お金、時間、健康、人間関係、自由、意味などの間には、簡単には解消できないトレードオフがあるからです。
そして、その答えは一生変わらないとは限りません。就職、結婚、子育て、転職、病気、介護、退職などによって、使える資源も大切にしたいものも変化します。未来を正確に予測することはできず、万人に共通する唯一の最適配分もありません。人生戦略とは、最初に完璧な計画を作り、それを守り続けることではないのです。
人生戦略とは、よりよく生きるために、時間・お金・人的資本・健康・注意・人間関係などの有限な人生資源を、何に、どれだけ、いつ配分するかを選択し、その配分を人生の変化に応じて更新していくことです。
お金をどう貯め、使うのか。仕事へどれだけ時間を配分するのか。何を学ぶのか。健康や人間関係をどう守るのか。不確実な状況で何を選ぶのか。そして、自分にとって「よりよく生きる」とは何なのか。これらは別々の問題に見えて、有限な人生資源をどう配分するかという一つの問題につながっています。
だから「人生戦略論」が問い続けるのは、人生の正解ではありません。限られた人生資源を、何に、どれだけ、いつ配分すれば、長期的によりよく生きられるのか。その問いに向き合い、状況の変化とともに自分なりの答えを更新し続けることが、人生を戦略するということです。
参考文献
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- Becker, G. S. (1964). Human Capital: A Theoretical and Empirical Analysis, with Special Reference to Education. National Bureau of Economic Research.
- Becker, G. S. (1965). A theory of the allocation of time. The Economic Journal, 75(299), 493–517.
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