「なぜ歴史を学ぶ必要があるのか」と聞かれたとき、学校で覚えた年号や人物名を思い浮かべる人は少なくありません。たしかに、出来事の名称や年代を知ることは歴史学習の一部です。しかし、歴史を学ぶ意味をそれだけに限定すると、社会人になってから学び続ける価値は見えにくくなります。
歴史教育の研究では、過去について知識を増やすことに加えて、史料の出所を確認し、複数の証拠を照合し、当時の文脈から出来事を理解し、異なる視点を比較しながら推論するといった「歴史的思考」や「歴史的リテラシー」が重視されています。こうした能力を対象とする教育介入については体系的レビューも行われており、特定の歴史的な知識や思考スキルを明示的に扱う授業が、それらの習得につながる可能性が示されています(Wilson et al., 2023)。
この考え方は、人生戦略とも接点があります。人生の重要な意思決定には、試行回数に大きな制約があります。転職、独立、住宅購入、結婚、退職といった選択を何百回も試し、その結果を比較してから最適な答えを選ぶことはできません。私たちは多くの場合、限られた経験と不完全な情報のなかで判断する必要があります。
だからこそ、自分自身の経験だけを判断材料にする必要はありません。過去には、異なる制度、技術、社会環境のなかで、人々や組織がさまざまな選択をしてきました。歴史を学ぶことには、自分が直接経験していない過去を、現在について考えるための比較材料として利用できる可能性があります。
ただし、ここには重要な留保があります。歴史的思考や歴史的リテラシーを育てる教育については研究が蓄積されていますが、それによって人生の意思決定能力そのものが高まり、別の領域へ自動的に応用できることまで十分に実証されているわけではありません。そこでこの記事では、歴史から「人生の正解」を探すのではなく、歴史的に考えることが、現在の選択を考える材料としてどのように役立ち得るのかを5つの視点から検討していきます。
理由① 現在の「当たり前」を相対化できる
過去の人々の行動を見て、「なぜそんな選択をしたのだろう」と疑問に思うことがあります。しかし、その判断を現在の知識や価値観だけから評価すると、当時の人々に見えていた世界を取り違える可能性があります。歴史を理解するうえでは、出来事をその時代の制度、社会規範、知識、技術、利用可能だった情報や選択肢のなかに置き直して考えることが重要です。
こうした考え方は「歴史的文脈化(historical contextualization)」と呼ばれ、歴史的思考を構成する重要な要素の一つとして扱われています。歴史的リテラシーを育てる教育介入を検討した体系的レビューでも、史料を文脈に位置づけ、証拠を解釈し、過去について推論するといった歴史固有の知識や技能が研究対象になっています(Wilson et al., 2023)。また、歴史的共感を整理した理論モデルでも、過去の人々の視点を理解するには、その人物を取り巻いていた社会的・時間的な条件を考慮することが重視されています(Endacott & Brooks, 2013)。
この視点は、過去だけではなく現在を見るときにも一つの問いを与えてくれます。私たちが「普通の人生」だと思っているものも、本当にいつの時代にも共通する生き方なのでしょうか。
たとえば、大学を卒業したら就職する、一つの組織で長期間働く、一定の年齢までに住宅を所有する、決められた年齢になれば退職し、その後を「老後」として過ごす、といった人生モデルがあります。しかし、教育制度、雇用制度、住宅市場、社会保障、平均寿命、家族のあり方が変われば、合理的な人生の選択肢も変化します。現在一般的に見える生き方も、特定の制度や社会環境から切り離して考えることはできません。
これは、過去の生き方をそのまま否定したり、逆に昔の生き方を理想化したりするという意味ではありません。重要なのは、「みんながそうしているから」「これまでそうだったから」という理由だけで、自分の選択肢を狭めないことです。
人生戦略を考えるときには、「自分は何を選ぶべきか」と考える前に、「自分が当然だと思っている人生の前提も、特定の時代や制度によって形成されたものではないか」と問い直す余地があります。歴史を学ぶことは、その問いを持つための比較対象を増やしてくれます。歴史が現在の常識を自動的に打ち破ってくれるわけではありませんが、現在を唯一の基準として考えないための視点を提供してくれるのです。
理由② 情報を「事実」として受け取らず、証拠を吟味できる
歴史を学ぶとき、史料に書かれている内容をそのまま「過去に起きた事実」として受け取るだけでは十分ではありません。同じ出来事についても、政府の記録、新聞、当事者の日記、後世の研究などでは、記録された内容や強調される点が異なることがあります。そこで歴史的思考では、「何が書かれているか」だけでなく、「誰が、いつ、どのような状況で、何のために記録したのか」を検討します。
こうした読み方には、史料の作成者や成立時期、目的などを確認する「sourcing」や、複数の史料を突き合わせる「corroboration」といった考え方があります。ある史料が一つの出来事を説明していても、それだけで結論を出すのではなく、別の証拠と一致するのか、食い違う場合にはなぜ違うのかを考えます。つまり、歴史を学ぶことは、情報を単独で受け取るのではなく、その情報がどのような証拠によって支えられているのかを吟味する作業でもあります。
史料を中心に歴史を学ぶ教育介入では、教科書の説明を受動的に読むのではなく、背景知識を使いながら複数の歴史資料を問い、異なる記述を調整して理解する授業が行われています。高校生236人を対象とした6か月間の介入研究では、このような学習を行った生徒に、歴史的思考など複数のアウトカムで改善が確認されました(Reisman, 2012)。また、歴史的リテラシーを扱った教育介入の体系的レビューでも、特定の歴史的な知識や技能を明示的に対象とし、段階的に学ばせる介入には、それらの習得を促す研究結果が蓄積されています(Wilson et al., 2023)。
この考え方は、現代の情報環境を考えるうえでも参考になります。私たちはニュース、SNS、投資情報、健康情報、広告、自己啓発書、生成AIなどから、日々大量の情報を受け取っています。しかし、そこに数字や専門用語が示されているからといって、その主張が十分な証拠によって支えられているとは限りません。
たとえば「この投資方法で資産が増えた」「この健康法で体調が改善した」という体験談があったとしても、それだけでは一般的な効果を示す証拠にはなりません。誰が発信しているのか、どのような利害関係があるのか、どのようなデータに基づいているのか、反対の結果を示す情報はないのか、と確認する必要があります。生成AIの回答についても、もっともらしい説明と、確認可能な根拠に支えられた説明は区別する必要があります。
もちろん、歴史を学べば誤情報を見抜けるようになる、あるいは投資や健康について正しい判断ができるようになることまで、この研究から言えるわけではありません。歴史教育について確認されているのは、主として歴史資料を対象とした思考や技能です。それでも、情報を見たときに「これは誰の主張なのか」「何を根拠にしているのか」「別の証拠と照合するとどうなるのか」と問うという姿勢は、人生の重要な判断を考えるうえでも参考になります。
歴史を学ぶ価値は、過去について多くの情報を覚えることだけではありません。情報を一度立ち止まって吟味し、複数の証拠からより妥当な理解を組み立てようとすることも、歴史的に考えることの重要な部分なのです。
理由③ 結果を知った後ではなく「その時点」から意思決定を考えられる
歴史上の出来事を振り返ると、「なぜそんな判断をしたのだろう」と感じることがあります。戦争がどう終わったのか、企業が成功したのか倒産したのか、バブルが崩壊したのか、新しい技術が普及したのか。後世に生きる私たちは、その後の結果を知っています。しかし、実際に判断を下した人々には未来は見えていませんでした。歴史上の意思決定を理解するには、結果を知っている現在からではなく、判断が行われた「その時点」へ戻って考える必要があります。
このとき重要になる考え方の一つが、historical empathy(歴史的共感)です。これは単に「昔の人の気持ちになってみる」ことではありません。過去の人物が置かれていた社会的・政治的・文化的な文脈を踏まえ、その人物が何を知り、どのような価値観を持ち、どのような選択肢を認識していたのかを考えながら、行動や判断を理解しようとするものです。歴史的共感を整理した理論モデルでも、歴史的文脈化、perspective taking(視点取得)、情動的なつながりという複数の要素から捉える必要性が示されています(Endacott & Brooks, 2013)。
他者の視点から状況を理解するperspective takingについても、歴史学習との関連が検討されています。高校生を対象とした研究では、社会的な視点取得と歴史的共感などとの関連が報告されています(Gehlbach, 2004)。ただし、これは視点取得を訓練すれば歴史的共感が向上するという因果効果を示した研究ではありません。重要なのは、過去の人物の判断を理解するときに、現在の自分が持っている情報だけを基準にしないという考え方です。
一方で、「その人の立場になって考える」ことにも落とし穴があります。過去の人物になったつもりで想像しても、実際には現在の価値観や知識を過去へ持ち込んでしまうことがあるからです。歴史について一人称などで記述させた実証研究では、過去を具体的・感情的に表現しやすくなる一方、現在の価値観から過去を判断するpresentism(現在主義)が現れる可能性も示されています(De Leur et al., 2017)。過去の人を理解するには、「自分ならどうするか」だけではなく、「当時の条件なら、なぜその判断があり得たのか」と考える必要があります。
たとえば、ある企業が新しい技術への投資を見送り、その後競争力を失ったとします。結果だけを見れば、「将来性を見抜けなかった経営者の失敗」と評価するのは簡単です。しかし意思決定時点では、その技術が普及する保証はなく、投資費用、既存事業への影響、利用可能な人材、市場予測などについて大きな不確実性があったかもしれません。結果が悪かったことと、その時点で判断が不合理だったことは同じではありません。
これは人生の意思決定にも通じます。転職後に新しい職場が合わなかったとしても、転職した時点ではその結果を完全には知ることができません。投資やキャリア変更でも、後から振り返れば「正解」と「失敗」を簡単に区別できるように見えますが、意思決定時点では複数の未来が残されています。
もちろん、historical empathyやperspective takingを学べば、人生の意思決定能力そのものが高まるとまでは言えません。それでも歴史を結果だけで読むのではなく、「その時点では何が分かっていて、何が分からなかったのか」と問い直すことは、不確実性のなかで行われた選択を理解するための重要な視点になります。歴史を見るときに結果論から離れることは、現在の自分の選択についても、未来の結果ではなく「いま利用できる情報と選択肢」から考えるという発想につながります。
理由④ 自分が経験していない「意思決定のケース」を増やせる
人生の意思決定には、一つの根本的な制約があります。私たちは、自分自身の人生を一度しか経験できないということです。日常的な選択なら失敗してやり直すこともできますが、人生への影響が大きい選択ほど、十分な回数を試してから最適な方法を選ぶことは難しくなります。
たとえば、転職してから元の会社に戻り、別の会社へ転職して結果を比較する、独立する人生と会社員を続ける人生を同時に試す、といったことはできません。住宅購入や退職も同様です。投資には繰り返しの機会がありますが、同じ年齢、同じ資産、同じ市場環境から異なる選択肢を同時に試すことはできません。重要な選択ほど、自分自身の経験だけから十分な事例を集めることには限界があります。
ここで歴史が提供するのが、自分以外の人々や組織が経験した事例です。歴史には、技術革新への対応、経済危機、投資と撤退、組織改革、制度変更、リーダーシップ、社会変化、外交や戦争など、異なる条件のもとで行われた膨大な意思決定が残されています。もちろん、それらは自分の人生と同じ条件で行われた実験ではありません。それでも、自分では経験できなかった選択について考えるための比較対象にはなります。
人が現在の問題を理解するとき、過去の似た事例を参照することは、意思決定研究でも検討されてきました。外交政策を対象とした研究では、意思決定者が過去の出来事との類推を通じて現在の状況を理解し、問題の捉え方や選択肢の評価に利用する過程が分析されています(Houghton, 1996)。過去の事例は単なる記憶ではなく、「現在の状況は何に似ているのか」を考えるための認知的な手がかりになり得るということです。
ただし、この研究は外交政策上の意思決定を扱ったものであり、その結果から「歴史を学べば転職や投資の判断が良くなる」と直接結論づけることはできません。人生戦略への応用は、ここから導かれる実践的な推論として区別する必要があります。そのうえで考えるなら、歴史には一つの利用法があります。歴史を、自分が経験できなかった意思決定について考えるための「比較対象」を蓄積する知的資本として捉えることです。
たとえば、新しい技術によって自分の仕事が変わる可能性を考えるとき、現在の状況だけを見るのではなく、過去の技術革新によって仕事や技能の価値がどう変化したのかを調べることができます。組織を離れるか迷っているなら、異なる時代や組織で人々がどのような制約のもとで残留や退出を選択したのかをケースとして考えることもできます。重要なのは、過去から「こうすれば成功する」という公式を取り出すことではありません。異なる選択肢や結果を知ることで、現在検討できる問いを増やすことです。
この意味では、過去を考えることと未来を考えることは対になっています。歴史からは過去の事例を比較対象として得ることができ、未来については複数の可能性を想定しながら現在の方向性を考えることができます。未来を思い描くことを予言ではなく現在の行動へ結びつける考え方については、「前向きな未来を思い描くと人生は変わるのか」で詳しく検討しています。
人生戦略において歴史が持つ価値は、過去の成功者をそのまま模倣できることではありません。自分一人の経験だけでは出会えなかった選択、制約、失敗、適応の事例に触れ、現在の自分が参照できるケースの範囲を広げられることにあります。ただし、過去と現在が似ているからといって、同じ選択が同じ結果を生むとは限りません。だからこそ次に必要になるのは、過去のケースを集めることだけではなく、過去と現在の「似ているところ」と「違うところ」を慎重に見分けることです。
理由⑤ 過去と現在の「共通点」と「相違点」を比較できる
歴史から多くの事例を知ることには価値があります。しかし、過去の事例を知っていることと、それを現在に正しく当てはめられることは同じではありません。二つの状況に共通点があるからといって、同じ原因から同じ結果が生じるとは限らないからです。
たとえば、「AIの普及は産業革命と同じだ」「現在の株式市場は1929年直前と似ている」「ある国家の衰退はローマ帝国末期と同じだ」といった歴史的類推があります。こうした比較は、複雑な問題を理解する手がかりにはなります。実際、外交政策や国際政治の研究では、意思決定者が過去の出来事との類推を用いて現在の状況を理解し、判断を組み立てることが検討されてきました(Siniver, 2015; Więcławski, 2022)。
ただし、歴史的類推には危険もあります。ある事例の一部分だけを取り出して「現在も同じだ」と考えると、現在固有の条件を見落とす可能性があります。たとえばAIと産業革命には、新しい技術が仕事や技能の価値を変えるという共通点があります。一方で、技術の普及速度、教育制度、社会保障、国際的な労働市場、情報通信環境などは大きく異なります。「似ている」という発見は、比較の出発点であって結論ではありません。
そこで本記事では、historical analogyやanalogical reasoningに関する研究から得られる示唆を人生の問題へ応用するため、過去と現在を比較するときの観点を次の5つに整理します。これは、特定の査読研究でそのまま検証された公式のフレームワークではなく、歴史的類推を安易に使わないための実践的な整理です。
- 制度は同じか――法律、雇用制度、金融制度、社会保障など、意思決定を取り巻くルールにどのような違いがあるか。
- 技術条件は同じか――利用できる技術、普及速度、コスト、代替可能性などはどの程度共通しているか。
- 情報環境は同じか――当事者が利用できる情報の量、速度、正確性、情報へのアクセスに違いはないか。
- 人々のインセンティブは同じか――利益、損失、競争、評価など、人々の行動を促す条件は似ているか。
- 因果メカニズムまで同じか――表面的な現象だけでなく、その結果を生み出した仕組みも共通しているか。
とくに重要なのは最後の問いです。たとえば二つの時期に株価が大きく下落していたとしても、一方が金融機関の信用不安、もう一方が感染症による経済活動の停止によって生じているなら、表面的には似ていても背後の仕組みは異なります。過去に同じような値動きがあったというだけでは、その後も同じ展開になるとは言えません。
歴史的類推についての研究は、主として外交・政治的意思決定を対象としており、そこから転職や投資など個人の人生判断へ直接一般化することはできません。それでも、過去の事例を現在へ利用する際に、類似点だけではなく相違点や文脈を確認する必要があるという考え方は、人生戦略にも応用可能な視点です。
成功した経営者や投資家、過去の世代のキャリアを参考にするときも、「その人は何をしたか」だけを見るのでは不十分です。年齢、資産、家族、制度、市場環境などが異なれば、同じ行動が同じ結果につながるとは限りません。重要なのは「なぜその選択が、その条件では機能したのか」を考えることです。
第4節では、歴史によって参照できるケースを増やす価値を見ました。この節で重要なのは、そのケースを安易に現在へ当てはめないことです。歴史から学ぶとは、共通点を探すだけではなく、相違点を確認し、類推が成立する範囲を考えることでもあります。歴史は未来を予言するためではなく、現在を比較するために使う。そう捉えることで、過去の事例は「未来の答え」ではなく、現在の選択を検討するための材料になります。
ただ歴史を学ぶだけでは、人生の判断力は自動的には高まらない
ここまで、歴史的に考えることには、証拠を吟味し、当時の文脈を捉え、過去の事例を現在と比較するという価値があることを見てきました。しかし、ここで一つ重要な限界があります。歴史的思考を身につけたからといって、その能力が人生や現代社会の別の問題へ自動的に転移するとは限りません。
学習した知識や技能を、学んだ場面とは異なる状況で使えるようになることは「転移(transfer)」と呼ばれます。とくに、歴史の授業で身につけた技能を現代の社会問題や人生上の判断へ応用するような、文脈の離れた転移は「far transfer」と考えることができます。教育研究では、このような転移は必ずしも自然に起こるものではないと指摘されてきました。
この点を歴史教育で検証した研究があります。ベルギー・フランデレン地方の17〜18歳の生徒を対象に、介入群402人、対照群266人を設定したクラスター無作為化比較試験では、歴史的探究能力を高めるための授業が実施されました。介入後には、歴史的探究スキルや手続き的知識には改善が確認されました。一方で、歴史についての認識論的信念には明確な効果がみられず、さらに、現代的な文脈における民主的な技能や態度を直接改善する効果も確認されませんでした(Wilke et al., 2022)。
この研究で検討された現代的な能力には、熟議、批判的開放性、perspective takingなどが含まれていました。歴史的探究能力の変化と一部の民主的技能との間には限定的な関連もみられましたが、研究全体としては、歴史的思考が歴史とは別の現代的な文脈へ自発的に転移すると考えることには慎重であるべきだと結論づけられています(Wilke et al., 2022)。
ここから重要なのは、次の3つを区別することです。
- 歴史を知っていること――人物、出来事、制度、年代などについて知識を持っている。
- 歴史的に考えられること――史料を吟味し、文脈を考え、複数の証拠や視点から過去を検討できる。
- 歴史的思考を現在の問題へ応用できること――過去と現在の共通点・相違点を見極め、現在の判断材料として利用できる。
この3段階は同じではありません。歴史書を数多く読んで知識が増えても、史料や因果関係を批判的に考えるとは限りません。また、歴史的に考える能力が身についていても、それを転職、投資、人間関係、社会問題などへ自動的に応用できるとは限りません。
これは歴史学習に特有の問題ではありません。知識を得ることと、その知識によって実際の判断や行動が変わることの間には距離があります。この点は、「自己啓発本は本当に効果があるのか」でも扱った問題と共通しています。読んで理解したことと、それを具体的な行動へ移せることは分けて考える必要があります。
したがって、歴史を人生戦略へ生かしたいのであれば、「歴史を学んでいるから自然に判断力も高まる」と考えるだけでは不十分です。むしろ、過去の事例と現在の問題を意識的に接続し、何が共通し、何が異なるのかを自分で検討する工程が必要になります。次に考えるべきなのは、歴史をどのように読めば、その知識や思考を現在の人生へ接続できるのか、という実践上の問題です。
人生に役立てるなら、歴史を「ケーススタディ」として読む
歴史的思考を学んでも、それが人生の判断へ自動的に転移するとは限りません。では、歴史を現在の問題へ生かすには、どのように読めばよいのでしょうか。一つの方法は、歴史上の出来事を「成功例」や「失敗例」として眺めるのではなく、不確実な状況で行われた意思決定のケーススタディとして読むことです。
歴史的思考では、史料を吟味するだけでなく、出来事を当時の文脈に置き、異なる立場から状況を捉え、複数の証拠から推論することが重視されています。また、過去の事例を現在へ応用するときには、類似点だけを取り出すのではなく、条件の違いも検討する必要があります。本記事では、historical thinking、contextualization、perspective taking、historical empathy、analogical reasoningなどの研究知見をもとに、歴史を人生の問題へ接続するための実践的な問いとして、次の5つに整理します。これは、単一の査読研究でそのまま効果が検証された公式のフレームワークではありません。
① 当時、何が分かっていたのか
まず、結果を知っている現在の視点をいったん外します。後から判明した事実を持ち込まず、意思決定が行われた時点で、当事者にはどのような情報があり、逆に何が分からなかったのかを確認します。結果を知っている自分と、結果を知らなかった当事者を区別するための問いです。
② どのような選択肢があったのか
実際に選ばれた行動だけを見ると、歴史は一本道だったように見えます。しかし意思決定時点では、複数の選択肢が存在していた可能性があります。「何を選んだか」だけでなく、「ほかに何を選べたのか」を考えることで、その判断を比較できるようになります。
③ どのような制約があったのか
選択肢が存在していても、すべてを実行できるとは限りません。制度、資金、技術、時間、情報、人材、社会規範などが意思決定を制約します。現在から見れば簡単に思える選択でも、当時の条件では実行困難だった可能性があります。意思決定は、選択者の能力だけでなく、その人が置かれた環境によっても形づくられます。
④ なぜその選択が合理的に見えたのか
結果が失敗だったからといって、意思決定時点でも明らかに間違っていたとは限りません。当時利用できた情報、予想された利益と損失、代替案のリスクなどから、なぜその選択が有力に見えたのかを再構成します。これは過去の失敗を正当化するためではなく、「結果の良し悪し」と「判断過程の良し悪し」を分けて考えるためです。
⑤ 現在の自分の問題とは、何が同じで何が違うのか
最後に初めて現在へ接続します。たとえばAIによって仕事がどう変化するかを考えるために、過去の技術革新を参照するとします。「新しい技術によって仕事や必要な技能が変わる」という共通点だけを見るのではなく、技術の性質、普及速度、教育制度、労働市場、社会保障などの違いも確認します。過去との類似点は答えではなく、比較を始めるための仮説です。
この5つの問いを使う目的は、「過去に成功した方法を自分も実行すればよい」という教訓を取り出すことではありません。同じ出来事でも、どの情報が利用可能だったか、どの選択肢があったか、どんな制約を受けていたかによって判断の意味は変わります。そして過去と現在では、その条件も異なります。
歴史を人生のケーススタディとして読むとは、過去の人物から人生の正解を教えてもらうことではありません。自分が経験していない意思決定を材料にして、「自分なら何を確認し、どの選択肢を比較し、どの制約を考える必要があるのか」を問い直すことです。歴史上の結論を借りるのではなく、過去の意思決定を使って現在の問いを増やす。その読み方によって、歴史は単なる過去の知識から、人生について考えるための知的資本へと変わります。
歴史は人生の「答え」ではなく、判断するための比較対象を増やしてくれる
歴史を学ぶ価値は、過去の出来事をたくさん覚えることだけにあるわけではありません。本記事で見てきたように、歴史的に考えることには、現在を唯一の基準とせず、自分の判断をより広い視野から検討するための材料を増やすという意味があります。
第一に、過去を当時の制度や社会環境のなかで理解することで、現在の「当たり前」も特定の時代や制度によって形成されたものではないかと問い直せます。第二に、史料の出所や複数の証拠を確認する歴史的思考は、情報をそのまま事実として受け取らず、根拠を吟味する視点を与えてくれます。
第三に、歴史上の判断を結果から評価するのではなく、「その時点では何が分かっていて、何が分からなかったのか」と考えることで、不確実性のなかで行われた意思決定を捉え直せます。第四に、自分一人の人生では経験できない数多くの選択を、比較可能なケースとして参照できます。そして第五に、過去と現在の共通点だけでなく、制度、技術、情報環境などの相違点を検討することで、過去の成功や失敗を現在へ安易に当てはめることを避けられます。
ただし、歴史を学んだからといって、人生の意思決定が自動的に良くなるわけではありません。歴史について知ること、歴史的に考えること、その思考を現在の問題へ応用することは、それぞれ区別する必要があります。
だからこそ重要なのは、歴史から人生の教訓を探すことよりも、「当時の状況なら、なぜその判断をしたのか」「現在の自分とは、何が同じで何が違うのか」と問いながら読むことです。歴史は未来の正解を教えてくれるものではありません。自分が経験できなかった過去の事例を比較対象として借り、現在の選択をより多くの可能性から考えるための知的資本として活用できるのです。
参考文献
- De Leur, T., Van Boxtel, C., & Wilschut, A. (2017). ‘I saw angry people and broken statues’: Historical empathy in secondary history education. British Journal of Educational Studies, 65(3), 331–352.
- Endacott, J. L., & Brooks, S. (2013). An updated theoretical and practical model for promoting historical empathy. Social Studies Research and Practice, 8(1), 41–58.
- Gehlbach, H. (2004). Social perspective taking: A facilitating aptitude for conflict resolution, historical empathy, and social studies achievement. Theory & Research in Social Education, 32(1), 39–55.
- Houghton, D. P. (1996). The role of analogical reasoning in novel foreign-policy situations. British Journal of Political Science, 26(4), 523–552.
- Reisman, A. (2012). Reading like a historian: A document-based history curriculum intervention in urban high schools. Cognition and Instruction, 30(1), 86–112.
- Siniver, A., & Collins, J. (2015). Airpower and quagmire: Historical analogies and the Second Lebanon War. Foreign Policy Analysis, 11(2), 215–231.
- Więcławski, J. (2022). Historical analogies and general theoretical schemes in the study on contemporary international relations: Anachronism or opportunity? International Politics, 59(6), 1210–1231.
- Wilke, M., Depaepe, F., & Van Nieuwenhuyse, K. (2022). Fostering historical thinking and democratic citizenship? A cluster randomized controlled intervention study. Contemporary Educational Psychology, 71, 102115.
- Wilson, K., Dudley, D. A., Dutton, J., Preval-Mann, R., & Paulsen, E. (2023). A systematic review of pedagogical interventions on the learning of historical literacy in schools. History Education Research Journal, 20(1), Article 9, 1–27.

