自己啓発本を読んだ直後は、「これなら自分も変われそうだ」と感じることがあります。新しい習慣を始めよう、時間をもっと有効に使おう、仕事への向き合い方を変えようと考えます。ところが、数日、数週間とたつうちに、いつの間にか元の生活へ戻っていたという経験を持つ人も少なくないでしょう。
自己啓発本が扱うテーマは、習慣、時間管理、仕事、幸福、お金、人間関係など非常に幅広く、その内容もさまざまです。研究に基づく方法を紹介する本もあれば、著者自身の経験や成功談を中心に組み立てられた本もあります。そのため、「自己啓発本には効果があるのか」という問いは、見た目以上に単純ではありません。
とくに区別したいのは、「読んで納得したこと」と「人生に持続的な変化が起きたこと」です。本を読んで新しい知識を得たり、考え方が整理されたりすること自体には価値があります。しかし、行動や習慣を変えることを目的とするなら、理解しただけで十分なのか、それとも、その内容を具体的な行動へ移す仕組みが必要なのかを考える必要があります。
では、自己啓発本の効果は実際に科学的に検証されているのでしょうか。もし効果があるとすれば、それは「本を読むこと」そのものによるのでしょうか。それとも、書かれている方法を実践し、結果を振り返ることによって生まれるのでしょうか。
この記事では、自己啓発本を無条件に肯定したり、反対に「読んでも意味がない」と切り捨てたりはしません。心理学を中心とする査読研究を手がかりに、自己啓発本について何が分かっていて、何がまだ十分に分かっていないのかを整理します。そのうえで、自己啓発本を「読むだけで変わるもの」ではなく、得た知識を行動へつなげ、その結果を確かめるための道具として考えることが妥当なのかを検討していきます。
「自己啓発本には効果があるか」という問いは、実は大きすぎる
「自己啓発本には効果があるのか」と問うと、つい「ある」「ない」の二択で考えたくなります。しかし、この問いには最初から一つ問題があります。自己啓発本と呼ばれる本は、内容も目的も理論的背景も大きく異なっており、一つの方法としてまとめて扱うことができないからです。
たとえば、成功哲学を扱う本と、習慣形成の方法を説明する本では、読者に期待する変化が異なります。時間管理やキャリアを扱う本もあれば、幸福やコミュニケーションをテーマにする本もあります。さらに、認知行動療法など心理療法の知見をもとに作られたセルフヘルプ教材もあります。こうした本は、書店では同じ「自己啓発」や「実用」の棚に並ぶことがあっても、研究上は同じものとは限りません。
「効果」という言葉にも同じ問題があります。本を読んだ直後に前向きな気分になることを効果と呼ぶのか、知識が増えることを指すのか、それとも考え方や行動、習慣が変わることまで求めるのかで、評価は変わります。心理的な悩みを対象とする場合には、症状が改善したかどうかが重要になるでしょう。一方、仕事や生活を扱う本では、実際の成果や満足度の変化を見たい場合もあります。
つまり、「自己啓発本を読んで何か良いことがあった」というだけでは、その効果が何を意味しているのか分かりません。一時的な感情の変化と、数か月後にも残る行動の変化、さらに仕事や健康などの結果の変化は、別々に考える必要があります。
そこでこの記事では、自己啓発本について三つの問題を分けて検討します。第一は、一般に市販されている自己啓発本そのものについて、どの程度その有効性が検証されているのかという問題です。第二は、心理学や臨床研究で用いられる、構造化された書籍型セルフヘルプにはどのような研究があるのかという問題です。第三は、本から得た知識を、実際の行動や習慣へどのように変換できるのかという問題です。
ここで注意したいのは、日常語としての「自己啓発本」と、研究で用いられるbibliotherapyやguided self-helpを同一視しないことです。bibliotherapyは、書籍や教材を介して心理的な介入を行う方法を指し、guided self-helpでは専門家などによる一定の支援が加わる場合があります。一般的な自己啓発本よりも、目的や方法が明確に設計されていることがあります。
したがって、「自己啓発本は科学的ではない」「自己啓発本には効果がない」と一括して結論づけるのも適切ではありません。重要なのは、どの種類の本について、どのような効果を想定し、その効果がどのような方法で検証されているのかを分けて考えることです。この区別を出発点にすると、「自己啓発本は効くのか」という大きすぎる問いを、より検証可能な問いへ分解することができます。
市販の自己啓発本は「売れている=効果がある」ではない
自己啓発本を選ぶとき、多くの人が参考にするのは売上ランキングや読者レビュー、著者の知名度ではないでしょうか。内容を少し読んで「なるほど」と納得できるかどうかも、購入を決める重要な判断材料になります。しかし、こうした評価と、「その本を読むことで実際に測定可能な改善が起こることが確認されているか」は別の問題です。
少なくとも、うつ病を対象とした自己啓発書については、この違いを考えるための研究があります。成人のうつ病や抑うつ症状を対象として、自己啓発書を用いた研究を検討したレビューでは、当時市販されていた多くの書籍について、その書籍自体の臨床的な有効性を直接支持する研究は限られていました(Anderson et al., 2005)。つまり、書店で広く入手できることと、その本を使うことで症状が改善することが実験的に確かめられていることは、同じではありません。
ただし、ここから「市販の自己啓発本には効果がない」と結論づけることはできません。研究によって有効性が確認されていないことと、実際に効果がないことは別だからです。正確には、多くの本について、その本自体に効果があるともないとも十分に判断できる直接的な証拠が不足していた、と理解する必要があります。
一方で、同じレビューでは、認知行動療法などの心理学的な方法を基礎とするbibliotherapyについては研究が存在することも示されています。bibliotherapyとは、書籍や教材を利用して心理的な問題への対処を支援する方法です。ただし、当時の研究には対象者数や研究方法などの限界もあり、その有効性については慎重に評価する必要があるとされています(Anderson et al., 2005)。
この点は、自己啓発本を評価するときの重要な原則を示しています。本がベストセラーになっていることは、多くの人が購入したことを示します。読者レビューが高いことは、内容に満足した人が多いことを示すかもしれません。著者自身の成功経験にも、実践上のヒントが含まれている可能性があります。しかし、それらはいずれも、「その本を読んだ人に、読まなかった人と比べて測定可能な改善が生じた」という効果検証とは異なります。
内容がもっともらしく感じられるかどうかについても同様です。「成功した人はこの習慣を持っている」「この考え方を身につければ幸福になれる」といった説明に納得できたとしても、その方法を実践することで同じ結果が生じるとは限りません。著者自身の経験が事実であっても、一人の経験から一般的な因果関係を導くことはできないからです。
もちろん、この研究は主としてうつ病に関連する自己啓発書を扱ったものであり、習慣形成、仕事、キャリア、時間管理、お金など、自己啓発本のあらゆる領域について同じ結論を示したものではありません。したがって、「自己啓発本には科学的根拠がない」と一般化することも適切ではありません。
自己啓発本を評価するときには、「売れているか」「面白かったか」という問いだけでなく、「そこで提案されている方法にはどのような根拠があるのか」「その本や方法を使った効果は実際に検証されているのか」という問いを分けて考える必要があります。人気や評判と有効性を区別することが、自己啓発本を科学的に考えるための出発点になります。
それでも「本を使って変化を促す」方法には研究がある
自己啓発本のすべてについて有効性が確立しているわけではありません。しかし、「本を使って人の変化を支援する」という考え方そのものに研究がないわけでもありません。心理学や臨床の領域では、書籍や教材を利用して心理的な問題への対処を支援するbibliotherapy(ビブリオセラピー、読書療法)が研究されてきました。
その一例として、軽度から中等度のうつ症状を持つ成人84人を対象に、認知行動療法を基礎としたbibliotherapy self-help packageの効果を検討した研究があります。この研究では、対照群、最小限の接触を伴うセルフヘルプ群、電話による支援を伴うセルフヘルプ群の3つを比較し、抑うつ症状の変化が調べられました(Bilich et al., 2008)。
ここで重要なのは、研究対象となったものが、好きな本を自由に読むような一般的な読書ではないことです。用いられたのは、認知行動療法の考え方に基づいて作られた構造化されたセルフヘルプ教材でした。つまり、単に情報を提供するだけではなく、心理的な問題への対処方法を学び、それを利用することを想定したプログラムとして設計されていました。
研究では、セルフヘルプを利用した群で抑うつ症状の改善がみられましたが、電話支援を追加することによって明確な追加効果が得られたとは結論づけられていません(Bilich et al., 2008)。この結果は、少なくとも一定の条件では、書籍を媒体とした構造化されたセルフヘルプそのものが研究対象になり得ることを示しています。
ただし、この研究から「自己啓発本を読めば効果がある」と一般化することはできません。対象はうつ症状を持つ成人であり、使用された教材にも認知行動療法という明確な理論的背景があります。習慣形成、キャリア、お金、幸福などを扱う一般的な自己啓発本まで、同じ効果が期待できることを示した研究ではありません。
また、この研究は「本を読むだけの人」と「本に書かれた方法を実践した人」を分けて比較したものでもありません。そのため、「読むだけでは効果がなく、実践すれば効果がある」と、この研究だけを根拠に結論づけることもできません。
それでも、ここから自己啓発本の使い方について一つの視点を得ることはできます。研究で検討されている書籍型セルフヘルプは、「読むだけで人を変える本」というより、一定の理論に基づく方法を読者が理解し、利用するための媒体として設計されています。これは、一般的な自己啓発本を考えるときにも参考になる視点です。
つまり、自己啓発本の価値を考えるときには、「読めば何かが起こるか」だけを問うのではなく、「そこで紹介されている方法にはどのような根拠があり、それを自分の生活のなかでどのように使えるのか」と考えることができます。自己啓発本を、変化そのものを生み出すものではなく、変化を促す方法を学ぶための媒体として捉えることが、より慎重で現実的な見方です。
「分かった」と「できる」は違う――読書から行動までには距離がある
自己啓発本を読むと、「運動しよう」「もっと勉強しよう」「時間を大切にしよう」と考えることがあります。それまで意識していなかった問題に気づき、考え方が整理されるだけでも、読書には意味があります。しかし、行動や習慣を変えることを目的とするなら、「分かった」という状態と「できる」という状態を分けて考える必要があります。
たとえば、運動の重要性を理解することと、実際に週3回の運動を続けることは同じではありません。勉強時間を増やした方がよいと納得しても、毎日の予定のなかに勉強する時間を確保できなければ行動にはつながりません。「時間を大切にする」という考え方に共感しても、何に時間を使い、何を減らすのかを決めなければ、生活は以前と変わらない可能性があります。
この違いを整理するために、自己啓発本から成果が生まれるまでを、「読書→理解→意図→行動→継続→結果」という流れで考えてみます。本を読むことで情報に触れ、その内容を理解します。そこから「自分もやってみよう」という意図が生まれ、具体的な行動に移ります。さらに、その行動が一定期間続いて初めて、習慣や生活、仕事などに何らかの結果が現れる可能性があります。
もちろん、すべての読書がこの流れの最後まで進む必要はありません。知識を得ること自体が目的の読書もあれば、考えを深めたり、異なる視点に触れたりすることに価値がある読書もあります。読書の価値を、実用的な成果だけで評価する必要はありません。
その意味では、読書を「どれだけ短時間で大量に処理できたか」という効率だけで評価することにも注意が必要です。必要な情報を短時間で確認したい読書と、立ち止まって考えながら読むこと自体に意味がある読書では、望ましい時間の使い方が異なります。こうした効率と時間の価値の関係については、タイパ・コスパを追求すると幸せになれるのか――効率化と幸福の研究から考える人生の資源配分で詳しく検討しています。
一方、「生活習慣を変えたい」「仕事の進め方を改善したい」といった目的で自己啓発本を読むのであれば、理解したところで評価を終える必要はありません。その知識から何を実行するのか、実際に行動できたのか、続けることができたのか、その結果として何が変わったのかまで分けて考えることで、本が自分にとってどのような役割を果たしたのかを判断しやすくなります。
この視点に立つと、自己啓発本の価値を「今年は何冊読んだか」だけで測る必要もなくなります。一冊しか読んでいなくても、そこから得た知識が判断や行動に残ることがあります。反対に、多くの本を読んでも、目的としていた行動に結びつかなければ、少なくとも行動変容という観点では別の工夫が必要です。
重要なのは、読書量そのものを成果とみなすのではなく、自分が本に何を求めているのかを明確にすることです。知識を得ることが目的なら、理解したことにも十分な価値があります。しかし、行動や習慣の変化を目的とするなら、「分かった」の先にある段階まで設計する必要があります。では、意図した行動を実際に続けるためには、どのような方法が考えられるのでしょうか。
行動を記録することには、目標達成を助けるエビデンスがある
自己啓発本を読んで「これをやってみよう」と決めても、その意図だけで行動が続くとは限りません。そこで考えたいのが、自分が実際に行動できているかを確認する仕組みです。目標を立てた後、その進捗を継続的にモニタリングすることについては、行動科学に比較的まとまった研究があります。
目標への進捗をモニタリングするよう促す介入について、138研究、合計19,951人を対象に検討したメタ分析があります。メタ分析とは、複数の研究結果を統合して、全体としてどのような傾向があるかを調べる方法です。この研究では、参加者を進捗モニタリングを促す介入群と対照群に無作為に割り当てた研究が集められました。その結果、進捗モニタリングを促す介入は、実際にモニタリングする頻度を増加させるだけでなく、目標達成も促進していました(Harkin et al., 2016)。
さらに重要なのは、単に頭のなかで「順調だろうか」と考えるだけではなく、モニタリングの方法によって効果の大きさが異なっていたことです。進捗について得た情報を物理的に記録した場合や、結果を他者に報告したり公開したりした場合には、目標達成への効果がより大きくなる傾向が確認されました(Harkin et al., 2016)。
また、モニタリングする対象も重要です。変えたいものが行動であれば、その行動を記録し、最終的な成果を変えたいのであれば、その成果について進捗を確認するというように、「何を達成したいのか」と「何をモニタリングするのか」を対応させる必要があります。たとえば運動を増やすことが目標なら運動した日数を記録し、体重の変化を目標とするなら体重そのものを確認する、といった考え方です。
ただし、この研究は自己啓発本の効果を調べたものではありません。そのため、「自己啓発本を読みながら記録をつければ、その本の効果が高まることが証明されている」と解釈することはできません。ここから先は、目標達成研究で確認された知見を、自己啓発本の活用方法へ応用した場合の考え方です。
たとえば、自己啓発本で運動習慣の重要性を知ったとします。「毎日運動しよう」と思うだけで終わらせるのではなく、本のなかから自分が取り入れたい行動を一つ選び、「今週は何日運動したか」を記録します。すると、読書から実践までの流れを、「読む→一つ選ぶ→行動にする→実行する→記録する」と具体化できます。
この方法の利点は、自己啓発本を読んだときの納得感と、実際の行動を区別できることです。「良い本だった」「やる気が出た」という感想だけでは、その後に何が変わったのかは分かりません。しかし、自分が採用した行動とその進捗を記録しておけば、少なくとも「実際に行動できたか」を振り返ることができます。
自己啓発本から何かを実践したいのであれば、読んだところで終わらせず、採用する行動を決め、その進捗を確認する仕組みまで設計することが一つの方法になります。それは自己啓発本そのものの効果が証明されているからではなく、目標達成における進捗モニタリングの有効性が、独立した行動科学の研究によって支持されているからです。
自己啓発本を「行動変容のマニュアル」として使う5つの方法
自己啓発本を行動の変化につなげたい場合、読んだ冊数を増やすこと自体を目的にする必要はありません。重要なのは、本から得た知識のうち、自分に必要なものを具体的な行動へ変換することです。ここでは、前節までの議論を踏まえ、自己啓発本を「行動変容のマニュアル」として使うための方法を5つに整理します。以下は、自己啓発本そのものの効果として実証された手順ではなく、研究知見を踏まえた実践的な使い方です。
1.一冊から変える行動を一つだけ選ぶ
自己啓発本には、多くの提案が盛り込まれています。朝の過ごし方を変える、運動する、読書する、目標を書く、仕事の優先順位を決めるなど、すべてを一度に実行しようとすると、何を変えようとしているのかが曖昧になりかねません。
そこで、読了後に「この本から何を一つ変えるか」を決めます。本の内容をすべて再現するのではなく、自分が解決したい問題に関係する行動を一つ選ぶのです。こうして対象を絞れば、実際に行動できたか、その結果どうなったかも確認しやすくなります。
2.抽象的な教訓を具体的な行動へ翻訳する
次に、本に書かれている教訓を、実際に観察できる行動へ変換します。「もっと勉強する」「時間を大切にする」「健康を意識する」といった目標だけでは、実行したかどうかを判断しにくいからです。
たとえば「もっと勉強する」を「平日の昼休みに15分読む」に変えれば、行動は具体的になります。「運動を習慣にする」であれば、「夕食後に20分歩く」といった形にできます。本の抽象的なメッセージを、自分の日常で実行できる単位まで小さくすることがポイントです。
3.いつ・どこで行うかを決める
何をするかを決めたら、次に「いつ」「どこで」行うのかを具体化します。「時間ができたら読書する」では、その時間がいつなのか決まっていません。「平日の昼休みに職場で15分読む」とすれば、行動する場面が明確になります。
ここで重要なのは、意志の強さだけに頼らず、普段の生活のなかに行動する場所をあらかじめ用意することです。新しい行動を既存の生活時間へどう組み込むかまで考えることで、本のなかの提案を自分の生活へ移しやすくなります。
4.実行したかを記録する
行動を始めた後は、「できたつもり」で終わらせず、実際にどの程度できたのかを記録します。目標への進捗をモニタリングするよう促す介入が目標達成を促進することは、複数の実験研究を統合したメタ分析でも示されています(Harkin et al., 2016)。
記録は複雑である必要はありません。たとえば「平日に15分読む」と決めたなら、実行した日に手帳やスマートフォンへ印をつけるだけでも、実際の行動を確認できます。ここで測るのは「本を読んでやる気になったか」ではなく、「自分が決めた行動を実際に行ったか」です。
5.一定期間後に「本ではなく結果」を評価する
最後に、一定期間が過ぎたら本そのものではなく、自分に起きた変化を振り返ります。たとえば1か月後に、「行動する回数は増えたか」「無理なく継続できたか」「期待していた変化は起きたか」「今後も続ける価値があるか」を確認します。
ここでは、「有名な本だから続ける」「著者が勧めているから正しい」と考える必要はありません。ある方法が自分の生活に合わなければ、やめたり修正したりすることも選択肢です。反対に、小さな行動でも自分にとって有益で継続可能なら、その方法を残す理由になります。
これは、自己啓発本の価値を「何冊読んだか」ではなく、「本から何を採用し、そのうち何が自分の生活に残ったか」で考える方法です。この基準自体が査読研究によって確立された評価指標というわけではありません。しかし、行動を変えることを目的として自己啓発本を読むのであれば、読書量よりも、その後の実践と結果に注目するという考え方には実用上の意味があります。
もちろん、すべての読書を行動へ変換する必要はありません。知識を得ること、考えを深めること、読書そのものを楽しむことにも価値があります。ここで提案しているのは、あくまで「この本を使って自分の行動を変えたい」と考えた場合の読み方です。その目的に限れば、自己啓発本を読み終えることをゴールにするのではなく、そこから一つの行動を選び、実践し、記録し、結果を確かめるところまでを一つの過程として考えることができます。
「実践すれば効く」とも限らない――自己啓発本の4つのチェックポイント
ここまで見てきたように、自己啓発本を行動へつなげることには意味があります。しかし、「とにかく書かれていることを実践すればよい」と考えるのも適切ではありません。方法そのものに十分な根拠がなければ、忠実に実行しても期待した結果が得られないことがあります。自己啓発本を使うときは、行動する前に、その内容をいくつかの観点から評価する必要があります。
1.その主張には根拠があるか
まず確認したいのは、その本の主張が何を根拠にしているかです。査読研究や体系的なレビューに基づく説明なのか、著者自身の経験や成功談を中心にしたものなのかでは、主張の確かさが異なります。著者個人の経験に価値がないわけではありませんが、一人の経験だけから「誰にでも同じ結果が起こる」とは言えません。
少なくとも、うつ病を対象とした自己啓発書のレビューでは、市販されていた多くの書籍について、その書籍自体の臨床的な有効性を直接支持する研究は限られていました(Anderson et al., 2005)。そのため、「よく売れている」「著者が成功している」「内容に納得できる」といった要素と、効果が検証されていることは分けて考える必要があります。
2.その研究や方法は自分の問題に当てはまるか
次に、その方法が自分の解決したい問題に適用できるかを考えます。研究で効果が示されていたとしても、対象となった人や目的が違えば、そのまま自分に当てはまるとは限りません。
たとえば、この記事で扱ったbibliotherapyの研究は、主としてうつなどの心理的問題を対象としています。認知行動療法に基づく構造化されたセルフヘルプについて実証研究があるからといって、その結果を年収、昇進、投資成果、仕事上の成功、人生全般の幸福へそのまま広げることはできません(Bilich et al., 2008)。「研究があるか」だけでなく、「誰を対象に、何を改善するための研究だったのか」まで確認することが重要です。
3.実行可能な行動へ変換できるか
三つ目は、その本の主張を自分が実行できる形に変えられるかです。「自分を信じる」「成功者のように考える」「もっと前向きになる」といった表現は、考え方を整理するうえでは意味があるかもしれません。しかし、それだけでは、日常生活で何をすればよいのかが明確にならない場合があります。
行動を変えることが目的なら、「もっと学ぶ」を「平日の昼休みに15分読む」にするなど、実行したかどうかを確認できる形まで具体化する必要があります。逆に、具体的な行動に変換できない主張については、少なくとも行動変容の方法としては評価しにくくなります。
4.結果を検証できるか
最後に、その方法を実践した結果を確かめられるかを考えます。可能であれば、始める前に「何を改善したいのか」を決めておくと評価しやすくなります。たとえば、「読書習慣をつけたい」のであれば読書した日数、「運動を増やしたい」のであれば週当たりの運動回数など、目的に対応する指標を考えます。
一定期間が過ぎた後に、「実際に行動は増えたか」「継続できたか」「期待した変化は起きたか」を確認します。変化がなければ、方法を修正したり、別の方法を試したりすることもできます。自己啓発本の評価を「良いことが書いてあった」という感想だけで終わらせず、自分が期待した結果との関係まで見るという考え方です。
ただし、ここでも一般化には注意が必要です。この記事で扱っている主要なbibliotherapy研究は、自己啓発本という広いジャンル全体を対象にしたものではなく、主として心理的問題に対する構造化されたセルフヘルプを扱っています。そのため、「科学的に自己啓発本には効果がある」「自己啓発本を正しく使えば人生全般が改善する」と結論づけることはできません。
自己啓発本を評価するときに必要なのは、単純に「効くか、効かないか」を決めることではありません。何についての本なのか、どの方法を使うのか、その方法にはどの程度の根拠があるのか、自分はどのような成果を期待しているのかを分けて考えることです。実践することは重要ですが、その前後に「方法を選ぶこと」と「結果を確かめること」を加えることで、自己啓発本との付き合い方はより慎重で現実的なものになります。
自己啓発本の価値は「何冊読んだか」では決まらない
自己啓発本というジャンルそのものに、人を変える効果が保証されているわけではありません。扱うテーマや方法は幅広く、市販されているという事実や読者から高く評価されていることと、その本を読むことで測定可能な改善が起こることは別の問題です。
一方で、本を使って変化を支援する方法に研究がないわけでもありません。認知行動療法などを基礎とした構造化された書籍型セルフヘルプには実証研究があります。また、自己啓発本そのものを対象とした研究ではありませんが、目標達成に関する研究では、進捗をモニタリングするよう促すことが目標達成を助けることも示されています。
したがって、自己啓発本について「効く」「効かない」の二択で判断するよりも、何が書かれているのか、その方法にはどの程度の根拠があるのか、自分の問題に当てはまるのか、具体的な行動へ変換できるのか、そして結果を検証できるのかを分けて考える方が適切です。
自己啓発本は「読むだけで人生を変える薬」と考えるより、自分の行動を変え、その結果を確かめるためのマニュアルとして利用する方が、既存研究と整合的です。ただし、マニュアルとして使えば必ず成果が得られるわけではなく、方法そのものの妥当性を吟味することも欠かせません。
読書には、知識を得ることや考えを深めること自体にも価値があります。そのうえで、行動の変化を目的として本を読むなら、読了した冊数だけを成果にする必要はありません。学びを人生の知的資本として考えるときに重要なのは、本棚に何冊増えたかではなく、読書を通じて自分の知識、判断、行動に何が残ったのかを見ていくことです。
参考文献
- Anderson, L., Lewis, G., Araya, R., Elgie, R., Harrison, G., Proudfoot, J., Schmidt, U., Sharp, D., Weightman, A., & Williams, C. (2005). Self-help books for depression: How can practitioners and patients make the right choice? British Journal of General Practice, 55(514), 387–392.
- Bilich, L. L., Deane, F. P., Phipps, A. B., Barisic, M., & Gould, G. (2008). Effectiveness of bibliotherapy self-help for depression with varying levels of telephone helpline support. Clinical Psychology & Psychotherapy, 15(2), 61–74.
- Harkin, B., Webb, T. L., Chang, B. P. I., Prestwich, A., Conner, M., Kellar, I., Benn, Y., & Sheeran, P. (2016). Does monitoring goal progress promote goal attainment? A meta-analysis of the experimental evidence. Psychological Bulletin, 142(2), 198–229.

