腹八分目は本当に健康にいいのか――「食べすぎない」を科学的根拠から考える

「腹八分目に医者いらず」という言葉があるように、満腹になるまで食べないことは、昔から健康によい習慣として語られてきました。食べすぎを避けることは、感覚的にも身体への負担を減らしそうに思えます。しかし、昔から受け継がれてきた知恵と、現代科学によって確認されていることは同じではありません。

まず気になるのは、「腹八分目」の80%という数字そのものに科学的な根拠があるのかという点です。満腹度を100%としたとき、その8割で食事を終えることが健康上の最適値なのでしょうか。あるいは、「腹八分目」とはそもそも、そのように厳密な数値として理解すべきものではないのでしょうか。

次に、「腹八分目」と現代の研究で使われるカロリー制限は同じなのか、という問題があります。カロリー制限とは、必要な栄養を確保しながらエネルギー摂取量を一定程度減らす方法です。一方、「腹八分目」は主観的な満腹感にもとづく表現です。両者をそのまま同じものとして扱うことはできません。

さらに、「腹八分目を続ければ長生きできる」という理解も慎重に考える必要があります。食べすぎを避けることと、血圧や代謝などの健康指標が改善すること、そして実際に寿命が延びることは、それぞれ別の問題です。健康によさそうだという印象だけで、寿命延長まで結論づけることはできません。

一方で、必要な栄養を確保しながら過剰なエネルギー摂取を抑えることについては、人間を対象とした研究から一定の知見が蓄積されています。したがって、腹八分目を「科学的に証明された80%の健康法」と考えるよりも、満腹になるまで食べることを当然にしないという考え方に、どこまで合理性があるのかを検討する方が適切です。

この記事では、歴史資料と人間を対象とした研究を手がかりに、腹八分目について現在どこまで確実に言えるのかを整理していきます。

目次

「満腹まで食べない」という知恵は300年以上前からあった

「腹八分目」は、現代では昔ながらの健康習慣として知られています。食べられるだけ食べるのではなく、少し余裕を残して食事を終えるという考え方は、少なくとも江戸時代の養生思想のなかに明確に確認できます。

1713年に刊行された貝原益軒の『養生訓』では、飲食について論じる箇所で、「珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし」と記されています。おいしい食べ物を前にしても、満ちるところまで食べ続けるのではなく、八~九分ほどでやめるべきだ、という趣旨です。

この記述から確実に言えるのは、満腹になるまで食べず、あえて余地を残すという節制の考え方が、1713年にはすでに文章として示されていたということです。現在の「腹八分目」という表現と完全に同じではありませんが、その考え方につながる内容とみることはできます。

ここで重要なのは、『養生訓』を現代の栄養学のように読むべきではないという点です。当時は、現在のようなカロリー、エネルギー必要量、BMIといった指標を用いて食事量を評価していたわけではありません。「八九分」という表現も、身体にとって最適な摂取量を科学的に算出した数値ではなく、食べすぎを戒めるための実践的な目安として理解する方が自然です。

また、この記述だけから「腹八分目」という言葉そのものの日本語史上の初出を特定することはできません。貝原益軒がこの言葉を作ったと断定することもできませんし、特定の人物や地域を起源として示す根拠にもなりません。確認できる歴史的事実と、後世に広まった由来説は分けて考える必要があります。

そして、300年以上前に語られていたからといって、その教えが現代科学によってそのまま正しいと証明されたことにもなりません。歴史資料から分かるのは、あくまで「満腹まで食べない」という知恵が長く存在してきたということです。

では、『養生訓』にある「八九分」を、現代的な意味で「満腹度80%」や「食事量を20%減らすこと」と考えてよいのでしょうか。次に、この数字の意味を整理します。

腹八分目は「食事を20%減らす」という意味ではない

「腹八分目」という言葉を見ると、満腹を100%とした場合の80%で食事を終えることだと考えたくなります。さらに、普段の食事量や必要なエネルギー量を20%減らせばよい、と理解されることもあります。しかし、これらは同じ意味ではありません。

前節で見た『養生訓』の「八九分」という表現は、現代栄養学における推定エネルギー必要量を基準として算出された数字ではありません。したがって、そこから「1日に必要なエネルギー量の80%だけ摂取すればよい」という具体的な食事法を導くことはできません。

ここでは、「80%満腹」「必要エネルギー量の80%」「20%のカロリー制限」を区別する必要があります。「80%満腹」は、どの程度お腹が満たされたと感じるかという主観的な感覚です。それに対して、必要エネルギー量の80%は身体が必要とするエネルギー量を基準にした考え方であり、20%のカロリー制限は基準となるエネルギー摂取量から一定割合を減らす方法です。基準となるものがそれぞれ異なります。

たとえば、ある人が「腹八分目」と感じたからといって、その食事のエネルギー量が必要量のちょうど80%になっているとは限りません。食べる食品や食事の量によっても、満腹感と摂取エネルギー量の関係は変わります。そのため、「腹八分目だから食事量を一律に20%減らす」という解釈も成り立ちません。

むしろ『養生訓』の記述から読み取れるのは、数字を厳密に管理することよりも、満腹になるところまで食べ続けないという節制の考え方です。「八」という数字そのものに医学的な精密さを求めるより、食べられるだけ食べることを避けるための目安として捉える方が、その意味に近いでしょう。

もちろん、それだけで腹八分目が科学的に正しい健康法だと結論づけることはできません。では、過剰なエネルギー摂取を避けることについて、現代の研究からは何が分かっているのでしょうか。

沖縄の長寿研究から「腹八分目」について何が分かるのか

「腹八分目」と長寿を結びつける話では、沖縄がしばしば取り上げられます。伝統的な沖縄の食生活はエネルギー摂取量が比較的低く、長寿者が多かったことから、食べすぎを避ける食習慣が健康的な加齢に関係していたのではないかと考えられてきました。

実際、沖縄の長期的な人口・栄養関連資料を検討した研究では、伝統的な食生活に比較的低いエネルギー摂取という特徴があり、若い時期には推定されるエネルギー必要量に対して摂取量が低かった可能性が示されています。また、比較的低いBMIや、加齢に伴う体重増加が少ないといった特徴も報告されています(Willcox et al., 2007)。

こうした結果は、過剰なエネルギー摂取を避ける食生活と健康的な加齢が両立しうることを考えるうえで重要な資料です。少なくとも、「健康を保つには十分に満腹になるまで食べる必要がある」という考え方を支持するものではありません。

ただし、ここから「沖縄の人は腹八分目だったから長寿になった」と結論づけることはできません。この研究は、参加者に腹八分目を実践させ、その後の寿命や健康状態を比較した介入試験ではないからです。沖縄の長寿には、食事の内容だけでなく、身体活動、生活環境、社会的要因、遺伝的要因など、さまざまな要素が関係している可能性があります。

また、伝統的な沖縄食の特徴を「食べる量が少なかった」という一点だけに還元することも適切ではありません。何を食べていたのか、どのような生活をしていたのかといった要素も同時に存在するため、低いエネルギー摂取だけを取り出して長寿の原因とみなすことはできません。

したがって、この研究から言えるのは、腹八分目そのものが長寿をもたらすと証明されたのではなく、比較的低いエネルギー摂取を含む伝統的な食生活が、健康的な加齢に関する観察結果と整合していたというところまでです(Willcox et al., 2007)。

観察的な資料は、長期間の食生活と健康の関係を考えるうえで有用ですが、それだけでは原因と結果を確定できません。では、実際に人間のエネルギー摂取量を減らす介入を行った場合、健康指標にはどのような変化が生じるのでしょうか。

実際に食べる量を減らすと健康指標はどう変わるのか

観察研究だけでは、食べる量を抑えたことが健康状態の改善を直接もたらしたのか、それとも別の生活習慣や背景要因が関係していたのかを切り分けることはできません。そこで重要になるのが、参加者を異なる条件に無作為に割り付けて比較するランダム化比較試験です。こうした研究では、観察研究よりも因果関係を検討しやすくなります。

健康な非肥満成人を対象としたCALERIE試験では、参加者を25%のカロリー制限を目標とする群と、自由に食事をする群に無作為に割り付け、2年間追跡しました。実際にカロリー制限群が達成した平均的なエネルギー摂取量の減少は、目標より小さい約11.9%でした(Kraus et al., 2019)。

それでも、カロリー制限群では体重が減少し、血圧、血中脂質、糖代謝、炎症に関連する指標など、複数の心血管・代謝リスク指標に改善が認められました。対象者が肥満者ではなく、比較的健康な成人だったことを考えると、これは注目すべき結果です。

この研究からは、必要な栄養を確保しながらエネルギー摂取を適度に抑えることには、一部の心血管・代謝リスク指標を改善する根拠があると考えることができます。少なくとも、「健康な人であれば食べる量を抑えることに意味はない」とは言えません。

ただし、ここで注意しなければならないのは、この研究が「腹八分目」そのものを検証したわけではないという点です。参加者は「満腹度80%で食事を終える」という方法を実践したのではなく、一定割合のエネルギー摂取量を減らすことを目標としていました。

したがって、実際に達成された約11.9%のカロリー制限を、そのまま腹八分目とみなすことはできません。前節までに見たように、主観的な満腹感とエネルギー摂取量は同じ概念ではないからです。また、この数字を根拠に、誰もが食事量を一定割合減らすべきだと結論づけることもできません。

さらに、今回確認されたのは主として体重や心血管・代謝リスク指標の変化です。健康指標が改善したことと、人間の寿命が延びることは別の問題です。この試験だけから、カロリー制限によって長寿になる、まして腹八分目を続ければ長生きできると結論づけることはできません。

では、ここまでの研究から「分かっていること」と「まだ分からないこと」をどこで区切ればよいのでしょうか。次に、腹八分目と長寿を結びつける際の限界を整理します。

「腹八分目なら長生きする」とまでは言えない

ここまでの研究を整理すると、「食べすぎないこと」と健康の関係について分かっていることはあります。しかし、それをそのまま「腹八分目なら長生きできる」という結論まで広げることはできません。

比較的確かな根拠があるのは、必要な栄養を確保しながらエネルギー摂取を適度に抑えた場合の健康指標への影響です。健康な非肥満成人を対象としたランダム化比較試験では、2年間のカロリー制限によって、体重だけでなく血圧、血中脂質、糖代謝など複数の心血管・代謝リスク指標に改善が認められました(Kraus et al., 2019)。

しかし、健康リスク指標が改善することと、実際に寿命が延びることは同じではありません。血圧や血中脂質などは将来の健康リスクを考えるうえで重要な指標ですが、それらが改善したという結果だけから、何年長く生きられるのかまで判断することはできません。2年間の試験で確認された健康指標の変化を、生涯にわたる寿命延長へそのまま置き換えることはできないのです。

同じように、沖縄の長期的な資料から、比較的低いエネルギー摂取を含む伝統的な食生活と健康的な加齢が整合していたとしても、それだけで腹八分目が長寿の原因だったとは言えません(Willcox et al., 2007)。食事の内容、身体活動、生活環境など、ほかの要因を切り離して考えることができないからです。

さらに、「満腹度80%が健康上の最適値である」という根拠も、ここまで確認した研究からは示されていません。腹八分目という主観的な食べ方と、研究で行われるカロリー制限も別のものです。したがって、「80%が最適」「腹八分目で長寿になる」「カロリー制限と腹八分目は同じ」という三つの理解はいずれも、現在の根拠を超えています。

一方で、だからといって腹八分目という考え方に科学的な意味がまったくないと結論づける必要もありません。適度なエネルギー制限による健康指標への効果には一定の根拠があるからです。重要なのは、確認されている効果と、まだ証明されていない効果を分けることです。

では、「80%」という数字そのものに確かな根拠がないとすれば、腹八分目という考え方を現代の生活に取り入れる意味はどこにあるのでしょうか。

腹八分目は「80%」ではなく「食べすぎない」と考える

ここまで見てきたように、「腹八分目」の80%という数字そのものが医学的な最適値として確認されているわけではありません。したがって、日々の食事で「いま満腹度は75%か、80%か」と正確に測ろうとする必要はありません。

むしろ現代的に捉えるなら、腹八分目は「満腹になるまで食べることを当然にしない」という大まかな行動原則として考える方が妥当です。食べられるだけ食べるのではなく、空腹が満たされ、十分に満足したところで食事を終える。そのための目安として「八分」という言葉を使う、と考えるわけです。

ただし、これは「食べる量は少ないほどよい」という意味ではありません。必要な栄養まで削ればよいわけでもありません。ここまで紹介した研究でも、前提になっているのは、栄養不足を避けながらエネルギー摂取を適度に抑えることです。したがって、腹八分目を極端な食事制限や我慢のルールとして理解するのは適切ではありません。

この点から見ると、腹八分目の価値は「80%」という数字の正確さよりも、限界まで満たすことを目的にしないという考え方にあります。食事では、満腹になること自体を毎回の目標にしなくてもよい、ということです。

ここから先は、腹八分目の研究結果をそのまま仕事や時間管理に当てはめる話ではありません。ただ、人生戦略という観点では、「利用できる資源を限界まで使うこと」と「その資源をよりよく使うこと」は別だと考えることができます。

たとえば、使える時間をすべて予定で埋める、働けるだけ働く、買えるだけ買う、効率化できるものをすべて効率化する。こうした行動は、一つの指標だけを見れば最大化に見えます。しかし、それによって余白や健康、人間関係、考える時間が失われるなら、人生全体として最適とは限りません。

この点は、タイパ・コスパを追求すると幸せになれるのか――効率化と幸福の研究から考える人生の資源配分で扱った問題ともつながります。効率や量を最大化することよりも、何に資源を配分するかを考えることの方が重要になる場面があります。

腹八分目を人生全体へそのまま一般化することはできません。ただし、「使えるだけ使う」「満たせるだけ満たす」ことが常に最善とは限らないという視点は、食事に限らず、限られた人生資源をどう配分するかを考えるうえで一つの示唆になります。

腹八分目の価値は「8」という数字にあるのではない

腹八分目について確実に言えることは、まず、満腹になる前に食べるのをやめるという考え方が少なくとも江戸時代には存在していたということです。1713年の『養生訓』には、「八九分」でやめるという節制の考え方が記されています。

現代の研究からは、必要な栄養を確保しながらエネルギー摂取を適度に抑えることで、体重や血圧、血中脂質、糖代謝など、一部の心血管・代謝リスク指標が改善することが示されています。したがって、過剰なエネルギー摂取を避けるという方向性には、一定の科学的な合理性があります。

一方で、「満腹度80%が最適である」「腹八分目を続ければ寿命が延びる」とまでは証明されていません。腹八分目とカロリー制限も同じものではなく、健康指標の改善と寿命延長も区別して考える必要があります。

その意味で、腹八分目を「80%という科学的に証明された健康法」と理解する必要はありません。むしろ、その価値は、満たせるところまで満たすことを当然とせず、適度なところでやめるという考え方にあります。

もちろん、これは食べる量を減らせばよいという単純な話ではありません。必要な栄養を確保することは前提です。そのうえで、利用できるものを限界まで使うのではなく、どこで十分と判断するかを考えることは、食事に限らず、限られた人生資源を何に、どれだけ、いつ配分するかを考える際にも通じる視点といえるでしょう。

参考文献

  • 貝原益軒(1713)『養生訓』。
  • Willcox, B. J., Willcox, D. C., Todoriki, H., Fujiyoshi, A., Yano, K., He, Q., Curb, J. D., & Suzuki, M. (2007). Caloric restriction, the traditional Okinawan diet, and healthy aging. Annals of the New York Academy of Sciences, 1114, 434–455.
  • Kraus, W. E., Bhapkar, M., Huffman, K. M., Pieper, C. F., Krupa Das, S., Redman, L. M., Villareal, D. T., Rochon, J., Roberts, S. B., Ravussin, E., Holloszy, J. O., & Fontana, L. (2019). 2 years of calorie restriction and cardiometabolic risk (CALERIE): Exploratory outcomes of a multicentre, phase 2, randomised controlled trial. The Lancet Diabetes & Endocrinology, 7(9), 673–683.

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